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千葉地方裁判所 平成2年(ワ)1379号 判決

原告

田中勝雄

右訴訟代理人弁護士

石井正二

鈴木守

河本和子

山田安太郎

市川清文

梶原利之

田久保公規

被告

有限会社千種運送店

右代表者代表取締役

三角章夫

右訴訟代理人弁護士

藤井一

真田範行

主文

一  原告が被告との間の雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金四万二五〇〇円を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成二年八月二六日から原告を復職させるまでの間、毎月二六日から翌月二五日までの期間を単位とする一か月金二七万二五〇〇円の割合による金員を、各月分について当該月分の終期の属する月の末日限り支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決の第二、第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文一項と同旨。

2  被告は、原告に対し、金四万五〇〇〇円及び平成二年八月二六日から原告を復職させるまで、毎月末日限り一か月金二九万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  主文五項と同旨。

4  右2につき仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は、一般小型貨物自動車運送事業の経営等を目的とする会社であり、その主要な事業として千葉市の依託により清掃業務(塵芥の収集)を行っている。そして、原告は、昭和五五年九月被告に雇用され、平成二年以前から塵芥収集車の運転業務に従事していた。

2  被告は、平成二年八月三〇日ないし同月三一日に原・被告間の雇用関係が終了したと主張して、原告が前記雇用契約上の権利を有する地位にあることを争っている。

3(一)  被告の賃金支払方法は前月二六日から当月二五日までの分を当月末日に支払うというものであるが、平成二年五月分から同年七月分までの三か月間の原告の平均賃金は、次のとおり一か月二九万五〇〇〇円である。すなわち、平成二年五月分給与の総支給額は二七万五〇〇〇円、同年六月分総支給額は三一万円、同年七月分総支給額は二七万七五〇〇円であったが、このうち七月分総支給額は、原告が同月分期間中に年次有給休暇を三日取得したことを理由として、本来控除してはならない精勤手当一万五〇〇〇円及び時間外手当七五〇〇円が差し引かれている(被告の場合、時間外手当は本来の意味の時間外手当ではなく「二人乗務手当」のことであり、しかも「二人」という名目にはなっているが実際は何人乗務であるかにかかわらず現に塵芥収集車に乗務した場合には一日二五〇〇円が支給されることになっている。そして、この二人乗務手当は、精勤手当と同様に、年次有給休暇で休んだ日にも支給されるべき性質のものである。)。従って、右控除額を加えて計算すると、前記三か月分の平均賃金は一か月二九万五〇〇〇円となる。

(二)  原告は、平成二年八月一日以降被告に対し就労させるよう請求し続けているが、被告はこれを拒絶している。従って、被告は、原告に対し、右就労拒絶期間中も賃金を支払う義務があるところ、平成二年八月分給与(同年八月二五日までの分)として二五万円が支払われたものの、その後は支払いがない。そして、右八月分給与は前記平均賃金に四万五〇〇〇円不足している。

4  よって、原告は、被告に対し、原告が被告との間の雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、前記四万五〇〇〇円及び平成二年八月二六日から原告を復職させるまでの間、毎月末日限り、一か月二九万五〇〇〇円の割合による賃金を支払うよう請求する。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1及び2は認める。

2(一)  同3(一)のうち、賃金支払方法に関すること、時間外手当は本来の意味の時間外手当ではなく「二人乗務手当」であること及び精勤手当は年次有給休暇を取得したことを理由にしてはカットできないものであることは認めるが、その余は争う。なお、二人乗務手当は原則は文字どおり二人乗務に対する手当であって、特別の事情で二人乗務に準じる場合に三人乗務でも支給する場合があるにすぎない。

(二)  同(二)のうち、被告が原告主張のように二五万円を支払ったことは認めるが、その余は争う。

三  被告の抗弁

1  業務懈怠を理由とする解雇

(一) 被告の就業規則一二条二号は、従業員の「技能能率がはなはだしく劣悪であって職務替等の措置を講じても向上の見込のないとき」を普通解雇事由としている。そして、原告は次のとおり右解雇事由に該当したから、被告は、平成二年七月三一日に解雇予告をして同年八月三〇日に原告を解雇した。

(二)(1) すなわち、被告の塵芥収集方法は、原則として塵芥収集車運転手一名と助手一名を一組とし各組が担当する区域の塵芥を収集するというものであるが(これが二人乗務である。)、原告は、自分の担当区域は他と比べて労働過重である等と事実に反する不満を述べるようになった。そこで、被告は、原告の入る組だけ助手を二名としたり(これが三人乗務である。)、担当区域を変更したりしたが、このような変更のたび原告は負担過重であると主張し、業務を誠実に履行する態度がみられなかった。

(2) 原告は、ダストボックス内の塵芥のうち、上の方を少し取るだけで空にしないまま放置するような収集をしたため、被告に苦情が申し入れられた。

(3) 平成元年の年末の塵芥収集の際には、正月三が日間はダストボックスの蓋を閉めて封印をするので見つかるおそれがないことを見越して、塵芥の収集を怠った。そして、この時も被告に苦情があり、被告代表者らが現場に駆けつけて収集した。

(4) これらのため、被告は、原告を塵芥収集業務からはずしてトラックによる運送業務につけたこともあったが、これも顧客とトラブルを起こしうまく行かなかった。

2  合意解約

被告は、前記のとおり平成二年七月三一日原告に対し解雇予告をしたが、これには雇用契約の解約の申込みが含まれる。そして、原告は、同年八月一日以降出勤せず、かえって、被告の指示に従い同年八月三一日に被告に出頭して原告主張のとおり同月分給与二五万円(及び賞与五万円)を受領し、かつ、その際、離職票を交付するよう要求してその後これを郵送させた。すなわち、原告は、被告の前記解約申入れに対し右のとおりこれに応ずる行動をして承諾したのであるから、原・被告間の雇用契約は平成二年七月三一日または同年八月三一日限り合意解約により終了した。

四  抗弁に対する原告の答弁

1(一)  抗弁1(一)は否認する。但し、被告は平成二年七月三一日に解雇の意思表示をした。

(二)  同(二)(1)ないし(4)のうち、被告の塵芥収集方法は認めるが、その余はすべて否認する。

2  同2のうち、原告が平成二年八月三一日被告主張のように三〇万円を受領したこと及びその際原告が離職票を交付するよう要求しその後郵送されたことは認めるが、その余は否認する。被告は平成二年八月一日以降原告の就労を拒絶しているから、被告主張の給与及び賞与は当然支払われるべきものであり、また、離職票は、不当解雇により収入の途を断たれたためやむなく雇用保険給付を受けることとしその手続のため必要であったから受領したのである。

五  原告の再抗弁

1  解雇権の濫用

原告は、平成二年度は二〇日間の年次有給休暇を請求する権利があったから、平成二年七月六日、七日、二五日の三日間年次有給休暇を取得した。ところが、これは被告の会社始って以来のことであって、被告には年次有給休暇が制度として整備されておらず、従業員は一日休むごとに二万五〇〇〇円の賃金がカットされていた(「欠勤控除」として七五〇〇円が控除され、「精勤手当」一万五〇〇〇円、「時間外手当」二五〇〇円が支給されなかった。)。そこで、原告は、初めて自ら当然の権利の行使として年次有給休暇を取得し、また、他の従業員にも、年次有給休暇を取得する権利のあることを知らせたのである。そして、被告は、原告のこれらの正当な行為を嫌悪しもっぱらこれを理由に原告を解雇したのであり、このような解雇は解雇権の濫用として許されず、無効である。

2  不当労働行為

原告は、平成二年二月二二日、全労連・全国一般労組委託清掃合同分会に加入して労働組合員となったが、右1の年次有給休暇の取得及び年次有給休暇に関する啓蒙活動は右組合の正当な組合行為としてしたものである。ところが、被告は、これを嫌悪して原告を解雇したのであり、右解雇は不当労働行為として無効である。

六  再抗弁に対する被告の答弁

1  再抗弁1のうち原告がその主張のとおり年次有給休暇をとったことは認めるが、その余は否認する。

2  同2のうち労働組合への加入の点は不知、その余は否認する。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録の記載を引用する(略)。

理由

一  請求原因1及び2は当事者間に争いがない。

二1  そして、〈人証略〉及び原告本人尋問の結果によれば、被告は平成二年七月三一日に同年八月末日限りで原告を解雇する旨の意思表示をしたことを認めることができるところ、原告は右解雇には無効事由があると主張している。そこで、検討するに、(証拠略)千葉労働基準監督署作成部分は成立に争いがなくその余の部分は前記証言により真正に成立したものと認められる(証拠略)及び前記本人尋問の結果によると、次の事実を認定することができる。

(一)  被告の就業規則では、従業員の年次有給休暇については有給休暇規定による旨定められている。しかし、実際には、同じ就業規則で、休暇手続一般について、所属長を経て所定の様式による休業願いを提出しなければならないとされているだけで、有給休暇規定は作成されておらず、右の所定の様式というものもなく、従業員に有給休暇を利用させるという姿勢がなかった。そのため、従業員間でも年次有給休暇制度に関する十分な認識がなく、過去に年次有給休暇として休暇をとった従業員はひとりもいなかった。そして、従業員が自己都合で休んだ場合には、被告の専務取締役などの裁量で場合により給与計算上不利益な扱いを受けないことにされることもあったが、このような例外的な場合を除き、通常は精勤手当がカットされ欠勤控除がされるなどの不利益を受けた。すなわち、被告では、年次有給休暇の権利を行使することが困難な実情にあり、現実に前記のとおりこの権利を行使して休んだ従業員はいなかった。

(二)  原告は被告のこのような状態を改善する必要があると考えるようになり、平成元年五月ころには千葉労働基準監督署の意見を求め、同二年二月ころには全労連・全国一般労組千葉地方本部に相談するなどしていた。そして、原告は、平成二年には労働基準法上二〇日の年次有給休暇請求権があったから、初めての試みとして、同年六月及び七月に被告に請求したうえ、同年七月六、七日及び同月二五日の三日年次有給休暇を取得し、更に、そのころ、お盆時期の同年八月一三日から一五日の三日間についても年次有給休暇を請求した(なお、これらの休暇の請求については、被告から時季変更権の行使はなされなかった。)。また、原告は、そのころ、他の従業員に年次有給休暇制度について説明し、仕事を休むときには年次有給休暇をとる方法があることについて啓蒙の努力をした。

(三)  被告代表者は、平成二年七月三一日、被告の事務所で原告に対し、明日から出勤しないでほしい、他の従業員が休め休めと言われて煽動され有給で休むようになったら会社が潰れてしまう、という趣旨のことを述べ、同年八月末日をもって原告を解雇する旨申し渡した。そして、被告は、同年八月一日以降原告の就労を拒絶している。

以上のとおり認めることができ、前記証言のうち右認定に反する部分は採用することができず、そのほかに右認定を覆すに足りる証拠はない(原告が右認定のとおり有給休暇をとったことは当事者間に争いがない。)。

2  右1の認定によれば、被告は、原告が被告の従業員としては異例に年次有給休暇の権利を行使し、他の従業員にも有給休暇制度について啓蒙を始めたことを嫌悪し、このことを真実の理由として原告を解雇したと認めることができる。

3  もっとも、被告は、原告には業務遂行の方法に不都合があり、これを理由に解雇したと主張し、抗弁1(二)の(1)ないし(4)の四点をあげている。そして、(人証略)中には右主張に沿う部分もある。しかし、右証言中解雇理由としてこれらの諸点が考慮されたかのような趣旨の部分は、同証言中にも被告代表者は平成二年八月末日ころ原告に対し解雇理由は有給休暇に関する原告の言動である旨説明したという部分があることや前記1の認定に照らすと到底採用することができないのみならず、右(1)ないし(4)のようなことがあったという部分自体、具体性がなく、的確な裏付けもないから、原告本人尋問の結果に照らすと採用することができない。そのほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。

4  ところで、労働者にはその有する休暇日数の範囲内で年次有給休暇が与えられなければならないのであるから、労働者が年次有給休暇の権利を行使したことだけを理由として当該労働者を解雇するようなことは、解雇権の濫用にあたり許されるものではない。また、年次有給休暇の権利に関して正当な認識がなされておらず右権利を行使することが困難な実情にある事業所の労働者が、その改善のため同僚を啓蒙し休暇をとる場合には有給休暇として休むよう働きかけることも、それ自体は、年次有給休暇制度に関する法令の趣旨目的に照らし相当な行為ということのできるものであり、これだけを理由として当該労働者を解雇することは解雇権の濫用として許されない。そして、前記認定によれば、被告のした前記解雇は、右の説示に照らして許されない場合に該当するというほかないから、右解雇は無効というべきである。

三  次に、被告は、合意解約の主張をしている。そして、原告が被告主張の日に同主張の三〇万円を受領したこと及び原告が離職票の交付を要求してこれを受領したことは当事者間に争いがない。しかし、前記証言及び本人尋問の結果によれば、原告は解雇を承諾したことはなく、ただ、無効な解雇であり不就労期間の賃金請求権を失わないことを明示して右三〇万円を受領し、また、被告の賃金不払いに備え雇用保険給付を受けるため離職票を受領したにすぎないことを認めることができる。そうすると、被告主張のことだけでは合意解約の成立を認めることはできず、そのほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。

四1  以上によれば、原告は引続き被告との間の雇用契約上の権利を有する地位にあるのに、被告は、平成二年八月一日以降原告の就労を拒絶しているのであるから、被告は、原告に対し、右就労拒絶による不就労期間中も、賃金を支払う義務がある。

2  ところで、被告の賃金は前月二六日から当月二五日までの分を当月末日に支払うべきものであることは当事者間に争いがない。また、(証拠略)によれば、原告の賃金は基本給、時間外手当、精勤手当、管理手当、家族手当、物価手当、通勤手当、その他手当などからなるものであること及び前記解雇のなされた直前の平成二年五月ないし同年七月分の給与の総支給額は合計八六万二五〇〇円であったことを認めることができる。しかし、右七月分給与については、(証拠略)と原告本人尋問の結果によれば、原告が年次有給休暇三日をとったことを理由に精勤手当一万五〇〇〇円が控除されていることを認めることができるところ、この控除がなされるべきでなかったことは当事者間に争いがないから、正当な給与額はこれを加えたものになる。もっとも、原告は、右七月分支給額中時間外手当についても、同様の三日分が不当に控除されていると主張している。そして、時間外手当が実質は二人乗務手当であることは当事者間に争いがない。しかし、右の二人乗務手当が二人乗務か三人乗務かにかかわらず一律に乗務一日につき二五〇〇円宛支給されるべきものであるという原告の主張については、本件の証拠だけでは、そのようにいうことができるほどの雇用契約条件などがあることを認めることはできない。従って、原告の右主張は採用することができない。

そうすると、前記のように修正を加えた前記三か月分給与は合計八七万七五〇〇円であり、一か月の平均給与は二九万二五〇〇円になる。そして、前記の原因による原告の不就労期間中の賃金は、基本的には右平均給与額によるのが相当であるということができる。しかし、(証拠略)によれば、この平均給与中には一か月二万円宛の通勤手当が含まれていることを認めることができるところ、一般に通勤手当は従業員が現実に就労するために要する交通費等の実費補助の性格を有するものが多いと考えられ、本件の証拠上被告についてこれと異なることを認定するに足りる証拠はない。従って、例えば通勤手当の支給が賃金計算上の一か月単位で行われ、かつ就労拒絶がこのような月の途中から始った場合の当該月分通勤手当(本件の場合の平成二年八月分がこれに該当する。)などの特別な場合を除き、当該従業員は、不就労期間中は通勤手当支給請求権を有しないと認めるのが相当である。

3  そこで、右説示に従い検討すると、平成二年八月分賃金として支払われた給与二五万円(このことは当事者間に争いがない。)は四万二五〇〇円不足することになるから、被告は、原告に対し、右不足分を追加支給する義務があり、また、平成二年八月二六日以降就労拒絶期間中一か月二七万二五〇〇円の割合による賃金支払義務があるというべきである。そして、本件の前記認定と前記証言及び本件審理中に表明された被告の意向(証拠略)などを指摘して、被告が本件訴訟上主張していることが相当であるか否の問題を離れても原告を復職させることは事実上極めて困難であると強調している。)等の弁論の全趣旨によると、被告の就労拒絶の意思は相当強固であり、この判決の主文一項が確定するとしてもその時点で被告が早急に原告を復職させ賃金の支払いを始めるものとは認められないから、本件については、原告には、右賃金のうち原告を復職させるまでの将来分全部について、予め請求する必要があると認めることができる。

五  以上によれば、本件各請求は、主文一ないし三項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条但書、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤英継 裁判官 高橋隆一 裁判官 市川太志)

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